互換性質〜Threadbare Opinion〜
かつてはパソコンもゲーム機も異なるハード間のソフトウエアに互換性な
ど無く、ユーザーは興味のあるソフトが所有しているハードウエアに未対
応であれば悔やみ、嘆いた。
しかし、その互換性の希薄さはそれぞれのハード毎の個性を明確に色分
けする役目も担っていた。
パソコンは互換性を残しながら発展してきた。
ゲームマシンは互換性無視して 発展してきた。
前者は頻繁で細やかな発展。後者は時間をかけて飛躍的な発展。
昨今はゲームマシンに互換性のある場合もあるが、その実は内部に組み
込んだ互換チップによるものであったり、ソフトウエアエミュレートによる再
現であったりと、別のコスト・手間をかけている。
ハードウエアの著しい進化により、機能を補ったり誤魔化したりする余裕
もある現在では、ハード毎の個性も不明瞭となった。ソフトウエアもマル
チプラットフォーム展開の浸透により同一タイトルが異なるハードに提供
される例も増えた昨今、ハード毎の色は滲み混ざり合い不明瞭になった。
互換性の問題解消と引き換えに、ハードの個性は犠牲になった。
ハードウエアの互換性はユーザー視点ではメリットが多いように思うが、
エンジニア等の視点から見ればデメリットも多い。
回路・設計・製造コストの肥大化…。
互換性を維持すれば性能向上が抑制される。 互換性は足枷になる。
過去の資産を引き継ぐことは、問題を引き継ぐ事でもある。
ある特徴が好都合か不都合かは判断基準次第で容易に変わる。
互換性を無視したハードウエアは、飛躍的な処理能力の向上を期待で
きるだろう が、一方で過去に蓄積した資産・ノウハウを破棄しゼロから
再構築することを求められる。
実際は流用可能な資産もあるだろうが、それでも多くの部分において
再構築する手間が発生する。
ヒトは資産・技術の再構築の手間を恐れ、回避したがる。
だが、いざ互換性を破棄して再設計してみれば飛躍的な発展が望め
る。
この現代社会も互換性を破棄することが成長の第一歩となろう。
「癒着」という資産の互換性である。
権力者も癒着という資産の価値がなくなることを避けたいから、別の
分野の権力者とも手を取り合い資産維持を企む。
癒着の形成・維持に費やした時間とカネが膨大過ぎて、互換性の破
棄を躊躇う。権力・フォーマットが変更された際に発生する、癒着の
再構築の手間を恐れる。
道路財源の問題で晒すのは夕張を見本にしているかのような権力
者の姿勢。その、ひたすら土建業に費やす行政の誤りを理解しな
がらも続ける姿勢。古い体制・癒着の破棄が求められよう。
原爆という人類史に残る虐殺行為も、その衝撃は、古い体制、政治・
思想・文化の根幹からの破棄へと繋がった。
原爆という殺人兵器でしかないモノが、後の飛躍的発展の要因の一
部であったと言える。
その殺戮を間違っても感謝・支持・肯定する気などないが、敗戦・原
爆のもたらした過去の体制の破棄が、その後の迅速な発展の要因
でもあったことは否定できないだろう。
「癒着の固執」は「成長の抑制」といういうことにもなるだろう。成長す
ることを求めるなら定期的に癒着を破棄すればいい。
表向きは成長を求めながら、互換性維持に固執するのは誤りだ。
互換性を破棄せずに低成長を嘆くなど滑稽甚だしい。
Upload Date:'08.04.18.